自分にあった食習慣

〝他人にいい食べ物″が、自分にいいとはかぎらない
よく新聞などで、縄文時代の遺跡から当時の食物が発見され、彼らが意外にグルメだったなどと報じられることがあります。鹿やイノシシの肉、魚やアサリなどの魚介類はもちろん、野菜や木の実、くだもの、穀類にいたるまで豊富な食料があり、これらを加工してクッキーのようなものも作っていたらしいのです。
食べられるものであれば、彼らはなんでも口にしたでしょう。薬草の類は別として、これが健康にいいからなどと、特定の食物を重要視することはなかったはずです。そうした自然体の食生活にくらべると、現代人はやたらに「健康」という強迫観念にとらわれているような感じがしないでもありません。もっともいまの食料自体が農薬まみれであったり、また若年層のガンの多発など、成人病の増加の原因が食生活に起因していることを考えると、それもまたやむを得ないのかもしれませんが。
しかし何ごとも程度問題、〝過ぎたるは及ばざるがごとし″で、健康にこだわりすぎると、かえってからだに変調をきたします。メキシコにある研究所があって、そこでは菜食と塩分ゼロの食事療法でガンを治療しています。そこで一週間、婦長さんが研修のために体験入院をしました。その食事はじゃがいもの丸焼きとか、野菜を煮くずれるまで煮込んだものなどが中心です。結果は上々、一日目で体調はよくなり、お通じもとてもいいのが出て、健康とはこんなものか、やはり人間は菜食がいいのだと実感したそうです。
ところが二日目に、ひどい頭痛になりました。病院勤めで知識もありますから、ひょっとしてクモ膜下出血では? と不安におそわれたのですが、これはきっとからだが何か変調をおこしているのだと考えつきました。原因はもしかしたら研究所で禁止されている食塩かもしれないと、もっていった塩コンプを食べてみたら、けろりと治ってしまったというのです。
これと似た例があります。あるセミナーのために、長野県の穂高にある施設で三日間生活をしたのです。空気もよく自然環境は最高、そんななかで玄米食や森林浴、気功やヨガをやって温泉にはいり、健康回復とリフレッシュを図ります。ただしあくまでも〝健康″ のためですから、禁酒・禁煙は厳しく守られます。
たしかに健康的で快適な三日間でしたが、私は帰りの電車で急に頭が痛くなってきたのでした。頭痛の経験というものがあまりなかったので、びっくりした私は、婦長のメキシコでの体験話を思い出しました。毎日少量の晩酌が楽しみだったのを、急に絶ってしまったのでやはり変調をきたしたのかもしれないと考え、早速駅で缶ビールを買い、飲んでみました。うそのように、ピタリと頭痛ほ治まったのです。
ふだん、よほど偏った食生活をしているのでないかぎり、人はそれぞれ自分のからだに合った食習慣をもっているものです。体質に個体差があるように、他人にいいから自分にもいいということはありません。ある程度自分のからだが要求するものを食べることが、自然治癒力を高めるのであって、そういう要求を無視した健康食や食事法は、むしろ自然治癒力を低める結果となるでしょう。