西・東洋医学で自然治癒力

“臓器”を見る西洋医学と、〝生命場〞を考える東洋医学
ところで、よくご存知だろうと思いますが、医学には二つの流れがあります。
ひとつは科学に立脚した「近代西洋医学」であり、もうひとつは陰陽五行学説などに立脚した「東洋医学」です。主流ほ西洋医学であり、これは現代科学の力を借りながら可能なかぎりミクロの世界を解明し、人体を臓器の集合体と考えて、〝物″としての臓器を見ようとします。
いってみれば臓器とは機械の部品であり、機械の調子が悪くなったら部品に油をさしたり、場合によっては部品そのものを新しい物にとりかえます。
臓器移植はこのような発想から生まれてきます。
一方の東洋医学は人間を生命体と考え、臓器そのものを見るより、臓器と臓器のあいだにある空間、イコール生命場に着目し、それを整えようとします。
臓器ほ生命場のなかに浮いた状態、たとえていえば母胎内の羊水のなかに胎児が浮いている状態と考えていいと思います。
その生命場にこそ生命維持の源があると考えますから、臓器にメスを入れることをせず、根源までさかのばって根本治療を施すところに大きな特徴があるといえるでしょう。
西洋医学は対症療法を得意とし、悪いところを即効的に治療しますが、〝木を見て森を見ず″のところがあり、人間をひとつの生命体としてとらえる点に欠けています。
それに対して東洋医学ほ、即効性に欠けるかわりに、病根をもとから断とうとしますから、副作用がなく、治癒の仕方があくまでも自然で無理がありません。
どちらも一長一短ですが、ただいえることは、近代西洋医学の最先端を走っているように思える臓器移植も、先行きはけっして明るいものではないということです。
「二一世紀にはいれば臓器移植ほ行き詰まる」と断言するその道の権威者もいるぐらいです。
たしかに臓器移植は、生体の〝場の秩序″を乱すことになるわけですから、移植を受けたほうの生体が拒否反応を起こして当然でしょう。
それを薬でおさえようとしても限度があります。
そこで最近では、西洋医学も「場」や「空間」に目を向け始め、精神神経免疫学などでは、「細胞と細胞のコミュニケーション」といった言葉を使い始めてきました。
これは東洋医学に特有の考え方であり、生命場に関心をよせている証拠といってよいでしょう。
また東洋医学も、いつまでも陰陽五行学説などにしがみつかず、現代科学の知恵を取り入れる必要があるのではないかと思うのです。
要するに、西洋医学と東洋医学の長所をうまく融合させた新たな医学が必要とされる時代に来ているということです。それが「ホリスティック医学」です。